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【読書メモ】MOTの達人

MOTの達人―現場から技術経営を語る

MOTの達人―現場から技術経営を語る

以前から読みたいと思ってリストアップしていたところに、先日読んだ『 ソフトウェア・ファースト 』の中でこの本が引用されていたのがきっかけで熱感が高まって一気に読みました。

MOT(技術経営)と言うとビジネス書や経営書と同類だと思われそうですが、私の感想としては『 ソフトウェア・ファースト あらゆるビジネスを一変させる最強戦略 』や『 エンジニアのためのマネジメントキャリアパス ―テックリードからCTOまでマネジメントスキル向上ガイド 』に近い内容でむしろ技術者のための本であると思います。前者はどちらかというと経営者向けの企業文化醸成に視点が置かれていたイメージで、後者はシリコンバレー発のスタートアップ視点だったのに対して、この本は日本の技術畑の現場からキャリアを積んだ人が語っているので日本人にはこちらのほうがイメージしやすい面が多々あります。東芝ソニーという日本の大企業の事例がベースになっているとはいえ、企業の規模は関係なく参考にしたい思想や哲学がたくさん散りばめられており、技術を大切にしたい思いを持って組織をリードする立場にある人にはおすすめしたい本です。

技術経営(MOT)とは何か

Wikipediaによると、以下のように描かれています。

技術を使って何かを生み出す組織のための経営学

ja.wikipedia.org

本書では冒頭でMOTの意味について以下のように書かれています。

技術経営の2つの意味

  • 技術をベースにした経営全体
    • 企業の競争力・付加価値生産力の源泉を技術に求める経営
  • 技術開発活動のマネジメント
    • 技術開発活動とそれを市場につなげるためのマネジメント

冒頭の1章と2章ではまず著者の2人が実際に経験した東芝での日本語ワープロ開発、ソニーでのCD開発について語られています。その後、研究開発のテーマ選定、MOTでのマネジメントの話、研究所長〜CTOまでのMOTでのキャリアパスの話が語られています。ワープロとCDの開発の話は読み物としても面白いです。 読み進めていく中で個人的に印象に残った部分をいくつか紹介します。

コンセプトの重要性

技術を使って何かを作るときにはコンセプトが非常に重要であることを改めて実感します。

コンセプトを作るときには、技術の言葉で語らないということが、とにかく重要です。

日本語ワープロでは次の3つのコンセプトを作ったようです。

  1. 自分が手で清書するよりも速く文書が作れる
  2. どこへでも持っていける
  3. どこからでもアクセスできる

なぜコンセプトが大事か?について次のように述べています。

コンセプト第一行目を実現するために一番長く時間がかかったわけです。(中略)そのときに、自分たちの気持ちを奮い立たせてくれるには、やっぱり原点がないといけない。そこへ戻れないわけですね。(中略)
もう一つは、自分たちだけではフィージビリティー(実現可能性)のすべてを証明はできないんです。(中略)そのときにコンセプトがないと、相手に伝わりにくいし、しどろもどろになって、「そんなの後でいいよ。もう少したってから来てくれ」みたいなことを言われてしまう。

何かあった時に原点に帰れる、利害の異なる他部署に対して正しく説明できる、ということの重要性は技術を使って何かを作る仕事の全てに当てはまるのではないかと思います。

イノベーションの評価は、まず顧客の共感の量

経営論で語ると売上や利益に話が向かいがちですが、著者はまず顧客の共感の量が大切だと語っています。

僕はお客さんの拍手の量で喜ぶというのは、ある意味でエンジニアの性としていいことだと思います。(中略)だから、売上が何十億円というようなことではあまり言わないですね。何千台売れたというような、台数なんですよ。(中略)
MOTの本質の一つを考えると、技術のイノベーションを起こせたということの評価は、まずいったんは物量でやるべし、ということになりますね。それが、顧客の共感の量を表す。

会社への貢献の話をしているのか、技術組織としての成長の話をしているのか、組織をリードする立場であれば話す目的を考えてそれぞれ使い分けるのが良いと思いました。

顧客の声から仮説をつくる

研究テーマを扱う難しさについて語られている中での話ですが、これもものづくりにおいて大切なことです。

私は、お客さんが何か言っているのだが営業の自分にはよくわからないとか、そのお客さんからいつも厳しいことを言われるのでどうも行きたくない、行きにくいというようなお客さんを紹介してくれ、と同期で営業に入った友達に頼んで一緒に行くことにしていました。十人にお会いすると二人くらいは非常によく考えていて、今の製品では対応できない新しいニーズをきちんと教えてくれる。(中略)一人のお客さんがいいことを言ってくれたら、次はそれを仮説にして、ほかのそういう厳しいお客さんのところへ行って、こういうものはどうですかとぶつけていく。そうやって転がしている間にだんだんイメージが湧いてくる。(中略)つまり、お客さんから情報を得るというのは、単に聞くだけではなくて、仮説をまず作って、それを次のお客さんにぶつけていって正体がだんだん見えてくる、ということなんですよ。

開発のマネジメント

研究開発での開発のマネジメントの話ですが、製品開発でも同様だと感じたことをいくつかピックアップします。

修羅場の予測

どんな仕事でも必ず修羅場というか難しい局面になるときがあるので、その修羅場を想定できるかどうかが大切です。修羅場に直面してからどうしようかではなくて、ある程度までこのへんが一番きつくなりそうだということをあらかじめ考えておくこと。そして、どういうところを事前によく検討しておかなければならないかを考えて、その修羅場をうまく乗り越えていくことです。それをしないとしないと自分が約束した研究成果が出せない。いつまでたってもずるずるとそのへんのルート探しをしているというような形になる。

短期視点での課題解決や素早い改善のマネジメントも大切ですが、企業の事業活動であればたいてい半年から数年先の計画というものがあるはずであり、先を見据えて重要な局面をイメージしておくことも大切です。本書の中でも修羅場を予測することと経験することの重要性は何度か語られており、それはマネジャーの教育でもあると述べられています。

八合目からは直登あるのみ

いつまでにやらなければならないというときの八合目ぐらいまで来ると、もうあと期限はこれしかない、と思うのです。それで、八合目というのは山でも一番きつくなります。時間が迫ってくるとみんないら立っていくわけです。そうすると、もう八合目まで来ていますから、いろいろそれまでの齟齬が大きくなるんです。計画どおり行っていない。(中略)失敗するチームの多くはステップバックするのです。戻るわけですから納期はどんどん迫ってくるわけです。そうすると、もうステップバックすらもできなくなって立ち往生してしまう。脇道というのはまだ許されますが、しかしみんなきついんだからあと一合だけ頑張ろうというのが正解。直進あるのみのほうが成功する確率が高いです。

前述の修羅場にも関連することですが、終盤の重要な局面でこういうことがよく起こります。個人的に、直近で大きめの開発に関わって同じようなことがあったので改めて重要性を実感しています。もちろん、強引に登ろうとして滑落してしまっては意味がないので、いかに冷静に道や進み方を選んで登りきるかという点では、修羅場の経験や最初に決めたコンセプトを意識できているかなどの他の要素も大切だと思います。

この話の中で、アルプスで遭難して荷物も全て失ったけど偶然見つけた地図を頼りに無事生還し、あとで確認したらピレネーの地図たったという小咄が紹介されています。要するにああだこうだと悩んで行ったり来たりするよりも腹をくくって突き進んだほうが生き残る確率が高いという教訓の話です。

www.og-cel.jp

技術のマネジャー

最近はEMという言葉が浸透しつつありますが、技術に軸を置いたマネジャーの考え方やふるまいについても参考になる部分がたくさんありました。

意識的に外へアンテナを向ける

三分の一くらいは外の人といろいろ話して、アンテナを外に向けていました。
(中略)
意識的にやらないとどんどん減るのが外に出ているアンテナなんですね。そのために、人脈と言うか人のチャンネルを社外に作っておく。こういうことは意識的にやらないと、その時間はたぶんゼロになってしまう。

外へのアンテナが大切なのはマネジャーに限らない話ですが、意識しないとゼロになるというのは確かにそのとおりで、他人から指摘を受けることも少ないので本当に意識しないとゼロになると思います。

人とのネットワーク

上記でも語られているように外から入ってくるチャンネルというのは人とのネットワークです。これが無ければ意識していても情報が入ってこないのです。

技術の可能性の臭いを嗅ぎ取る秘訣は、要するに人脈なんです。おもしろい話はないかと、あのひとだったらわかってくれるかもしれないという人に話してみる。そうすると、その人がさらにどこかで話をしてくれたりする。そこで、森さん、こういうことを探しているんだったら、こういうのはどうですかと、そういう人脈のネットワークができているわけです。(中略)だから、向こうから情報が飛び込んでくる面があるんです。現実には、しらみつぶしに研究所に行って探すなんてことはできないわけです。

原理原則と哲学

良い研究所長は技術の俯瞰図を持っており、筋の良い技術を嗅ぎ分けて意思決定していると語っています。そういった組織のリーダーの特徴を次のように述べています。

一つは、科学、サイエンスの原理とか原則をきちんと考えようとする思考のクセがあって、それでもって良い悪いのスクリーニングをやっておられる方。
もう一つは、主体性という話につながると思うんですけど、自分の中で世の中はこのように動くものであるという哲学を持っておられる方です。

哲学については具体的には次のように説明されています。

哲学ができるということは、仮説を立てられることと一体みたいになっていて、仮説は最初は大変なんだけど、それがだんだん検証されてくると、その人固有の考え方になって、その人流の哲学になってくる。そうすると、表現が変わってもその人なりに筋の通った、背骨の通った、あまり人の意見でぐらぐらしない思想になって、あの人は哲学があると、そういう表現になってくるのではないかと思います。

技術組織のリーダーやマネジャーはこの2点を意識して行動したいところです。

参考

www.icom.co.jp

www.sony.co.jp

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